「プリントアウトの意味がわからない」との声を頂戴したので解説です。「プリントアウト」=「自分がネットに投稿した記事などをプリントアウトしてお医者さんに診てもらい、適切な治療を受けることが必要とされる人」です!
— Twitter / ココロ社 (via yuco)
「ミカエルの誘惑」
怪人が生んだ奇書と呼ばれる本は数多いが、その中でも特筆されるべき金字塔が『ミカエルの誘惑』である。作者のミカエル・オンタ( MICHAEL Honta)は年齢国籍ともに不詳。「ガムユーシュ卿」(「ガムユーシュ」とは古典好色文学によく使われていた卑語で、「舌によって性器を刺激する」という意)などのペンネームを駆使し一九世紀末からヨーロッパ・アメリカ・アジア各国を飛び回っては数々の地下出版を重ね、その度に発禁弾圧の憂き目を見続けてきた。第二次世界大戦直後の一九四五年に、集大成ともいうべき『ミカエルの誘惑』をオックスフォード・アンド・ケンブリッジ書店から三百部限定出版したのみで消息を断っている。 以後、一部の好事家に語り伝えられるだけの「幻の奇書」だったのである。ひときわ異彩を放っているのは、一一二編におよぶ短編の中でも、同一の文体がひとつとしてないことである。「地上にあるすべての言葉が母国語である」 と豪語しているほど語学に精通していたオンタは、各短編をその舞台となる国の言葉で書いているのである(とくに必要がないものは主にフランス語と英語で書かれている)。しかもイギリスが舞台でも内容によってウェールズ語やケルト語、インドならヒンディ語とタミール語を使い分けるという念の入りようであり、日本語で書かれたものも2編ある。またこの奇書には奇妙な逸話もある。一九九〇年に発行された改訂版『ミカエルの誘惑』の存在である。補完追加された部分が、初版と比べてみてどうしてもオンタ本人の手によるものとしか思えないのだ。改訂版にもオンタ自身の改訂によると書いてある。しかしそれが本当なら、オンタの年齢は一二〇歳をゆうに越えていることになる。オンタ研究家の中には仮に二〇〇歳だとしても別段、驚きはしないと言う者もいる。正に伝説に相応しい奇談と言えよう。
『ワツキィのバレンタイン』 ミカエル・オンタ
彼が「ワツキィ」と呼ばれていたのは、人並はずれてワキガが臭いからだった。あだ名の由来を知らないのは本人だけで、『バンド・ワゴン』に飲みにくるような連中の間では周知のことだったんだよ。でもその由来について、ワツキィに告げようなんてヤツはいなかった。というのも、ワツキィ自身が、その異国情緒のある名前をいたく気に入っていたからなんだ。 「誰が初めにつけたんだろうなあ。おれはね、ひょっとしたらモノクロの無声映画なんかのさ、映画スターの名前じゃないかって気がするんだよ。もちろん主役の二枚目なんかじゃない。そんなにずうずうしくはないさ。ワキ役なんだな。といっても端役なんかじゃない。主人公の恋の仲立ちをしてやったりとかさ、友達の身代わりになって撃たれて最後にみんなの涙に送られながら死んでいく、そんな感じさ。なあ、知ってるんだろう? 教えてくれよ」こんなふうに、ちょっとはにかんだ目をキラキラさせながら言うワツキィに対して、「アダ名の由来? 自分のワキの下に鼻をつっこんでみれば、すぐにわかるぜ」なんてことは、とても言えやしない。みんな肩をすくめて、「さあ知らないな。でも古い映画を見るときには注意しとくよ」と笑いながら答えるのが不文律になっていたんだ。というのもワツキィは、こと風下にいるかぎり、じつにデリケートな魂を持ったいい奴だからだ。そのことはみんなが知っていた。 ワツキィだけは、どこかの道で轢かれていた猫の話にだって心から涙を流すことができる。それも偽善たらしかったり、女々しかったりする涙じゃない。ただみんなの心の奥を、しん、とさせる、そういう涙を流すのだ。ワツキィの涙には誰も勝てない。自分の心の一番良い部分を思いださせられてしまうからだ。だからマスターもワツキィが一番隅の換気扇に近い席にいるかぎりは、じつに丁寧に接していたのだった。 ただひとたびワツキィが風上にくると、たいていの人はこの臭いは凶器と言ってもいいんじゃないかという気になる。とにかく「ハンマーで殴られたよう」なんてもんじゃない、「ハンマーそのもの」の破壊力を持っているのだ。むろん、みんなも手をこまねいていたわけじゃない。なんとかできないものかといくつもの方法を試してはみたんだ。しかしね、シャワーを浴びても二分ともたずに臭ってくる。制汗剤などなんの役にもたたなかった。消臭剤にまで移り香するにいたっては、誰もがお手上げだった。医者やワキガ専門の治療院に連れていったところで、すでに回状が回っていて、受付で断られてしまうありさまなのだ。しかし不思議なのは、香水をつけてみたときだったよ。知っての通り、香水ってのはそれ自体でもいい匂いだけど、本人の体臭と合わさって、はじめてその真価を発揮する。もしもこの相性が悪ければ、どんな高価な香水も、その人にとっては価値がないというわけだ。ワツキィのワキガは、香水と混ざると特殊な化学反応を起こすようだった。その結果、必ずなんらかの食べ物の匂いになってしまうんだよ。「アンテウス」はネギ味噌中華蕎麦の匂いに。「フィリアス」は野菜の唐辛子マヨネーズ和え。「エキパージュ」にいたっては、ニラ入りマグロビーンズの匂いに変換されてしまうのだった。高級料理の匂いに変換されるのならまだしも、ほとんど七五〇円前後の定食屋メニューなのが情けない。誰も、どうしようもなかった。しかし、そうも言っていられなくなった。 ワツキィが恋をしたのだ。それがよりにもよって香水をブレンドする「調香師」だというから、みな開いた口がふさがらなかった。「天敵じゃないか! 毒虫が除虫菊に恋するようなものだぜ!?」
もっとも相手は、ワツキィが我が身を省みずに惚れてしまうのも無理がないくらい魅力的な女性だった。パッと目を引く美しさの上に、明るくて気取らない性格ときてるから、他にもファンは大勢ついていたくらいだ。だがまあ、そこはみんなも考える。競争率が高く、どっちみち確率の低い勝負なら、ワツキィのためにひと肌脱ぐ方が面白そうだ。昔から恋は障害があった方が燃えるに決まっているが、その点ワツキィくらい強烈な障害を抱えた奴もいないだろうからな、ということでみんなの意見は一致する。しかしあの匂いだけはなんとかしなけりゃまずいだろう。ここで近くのタイ料理屋でコックをやっているムアンが、画期的な提案をするのだ。つまり、「香水が食べ物の匂いになるのなら、食べ物の匂いをつけたら香水の匂いになるんじゃないかな」一理ある。じゃあ何をつける? ムアンは断固として「ナンプラー」を推薦する。魚から作ったタイの醤油はかなり臭う。これじゃあ毒に毒を加えて猛毒を作るようなものなんじゃないか?だが、料理人の臭覚ってのは馬鹿にできないね。ナンプラーがワツキィの体臭と混ざると、生臭さはいっぺんに消えた。それどころか、ワツキィはなんとも甘い、上質のココナツミルクのようなセクシーな匂いに包まれたのだ!みんなはこれからも心からワツキィを応援することを誓いあったのだった。ワツキィは気のいい奴だし、顔の造りだってそれなりだ。おまけに素敵な匂いまで手にいれた今となっては、彼女と仲良くなるのだってそんなに難しいことじゃないはずだ。彼女は初め「それまで鼻にしたこともないような上等のコロン」に対する、職業的な興味から話し相手になっていたようだけど、みんなのさりげないフォローも効を奏して、たちまちロマンティックな気持ちになってしまう。一週間もすると、ワツキィの腕の中でうっとりと抱かれている彼女の姿が見られるようになる。 おれたちはワツキィに幸多かれと祝杯をあげ、マスターはうまく行かない方に賭けていた連中から金を巻き上げて、おれたちに分配することになる。
しかし結論から言うと、この幸せは長く続かなかったのだ。バレンタインデーの次の日に、ワツキィは小さな瓶を持って『バンド・ワゴン』にやってきた。ワツキィが言うには、それは彼女が特別に調香してくれた香水なのだという。彼女の部屋に招待され、ステキなディナーもすんだあと、ワインを傾けながら彼女はこう言った。「バレンタインのプレゼントに、私が心を込めて調香したのよ。いまの甘い香りも素敵だけど、もっと男性的な強さを出したつもり。ベンガル虎が雌を誘うときに出す特別な脂、それも成獣になる直前の、いちばん澄んだ香りのものよ。めったに手に入らないんで、苦労しちゃった。私は自分の仕事にすべてを賭けてるわ。私は、パートナーになってくれる人には、そこをちゃんと理解してほしいの。もしあなたが遊びじゃなくて、真剣に私とのことを考えてくれてるのなら、お願い、この香水をつけてちょうだい」彼女の顔は、期待と自信と愛情に満ちあふれて、その美しさを何倍にも増大させていた。「大丈夫、絶対あなたに合うはずよ」ワツキィは返す言葉も見つからないまま、彼女の部屋でシャワーを浴びる。そして香水をつけると、期待に胸膨らませている彼女の前に立った。「彼女は一気に窓まで飛んでいったよ」ワツキィはぐすぐすと泣きながらおれに言う。「『一〇〇種類の毛虫をミキサーにかけたような匂いだわ』だってさ。ワツキィなんて洒落(しゃれ)たアダ名が恥ずかしくなるくらいさ」そんなことない、おまえは今だって昔と変わらずワツキィと呼ばれるにふさわしい男だ、とおれたちは言ってやる。ワツキィは力なく笑って、久しぶりに、あの心にしみるような涙を流す。ワツキィが誰かのためでなく、自分のために泣いたのはこのときが初めてだったんじゃないだろうか。後から入ってきた連中は、また一番風下の席に座り、香水瓶を手に泣いているワツキィを見つける。みんな心配して自分の席にワツキィを呼ぶよ。ワツキィは涙を拭きながら席を移って、また初めから話し始める。話し終わるとまた別の席の客がワツキィを呼ぶ。それが何度も繰り返されたので、店中にはまたたく間にワツキィの懐かしい、しかし強烈なワキガの臭いが充満することになる。でも誰一人文句を言う奴はいない。マスターも黙ってグラスを拭いていたよ。換気扇をそっと「強」に上げたほかはね。― ミカエル・オンタ 『ミカエルの誘惑』(1945)より
来客にコーヒーをお出しした所「愛情がこもっていてとてもおいしいです」とのたまいやがったので、すかさず笑顔で「愛情を込めた覚えはございません」とDISっておいた。誤解は早期に解いておくに限る。
— Twitter / 丹マリ (via otsune)
2008-01-12 (via gkojay)
五十歩ヒャッハー!
— ことわざの一部をヒャッハァー!に変えるとテンションガ上がってくる:ぁゃιぃ(*゚ー゚)NEWS 2nd (via eternityscape) (via thinkupstudio) (via kml) (via jinakanishi) (via oosawatechnica)
でもなー、ネットの釣堀に糸を垂らしている人が全て釣り師とは限らないと思うのよな。魚とか釣りとか関係なく、ただただ水面に糸を垂らしたくて仕方ないというだけの人だっていると思うんだよね。まあ、それは平たく言うと狂ってるんだけど、ネットには糸を水に濡らしたいだけの人ってのが結構いる気がする。何も釣りたくないけど水面に糸を垂らしたくてしょうがない人。俺もその気持ちはわからないでもない。
— モニタの正面だあれ - 失踪外人ルー&シー (via hon-kyochi)



